『笑顔』

 ウェイルが笑うのを見たのは、それが三度目。
 ウェイルは、オレが厄介になっているマクドール家の一人息子で、根は悪い奴じゃないと思うんだけど、有り得ないくらい無愛想。
 いっつも眉間に皺を寄せてて、疲れないかな? ってくらい。
 だから、コイツの笑顔を見たのは、マクドール家に来てから、二ヶ月経つってのに、たったの二度。で、今まさに三度目を目撃している。
 滅多に見れない、モサモサが落とす封印球よりも稀少なその笑顔はとても綺麗で、雨上がりの青空にも似ていて、オレはとても好きだった。
 元々整った顔立ちだから、笑うと人を惹き付ける。
 けれど、オレが惹かれるのは、その上辺の部分ではなくて、ウェイルの「判りづらい優しさ」が、彼の笑顔に滲み出ているからだ。
 だから、一緒にいる時には、笑わないかな、と期待しながらウェイルの顔を見てしまう。
 今もそんな状況だった。

 晩ご飯をマクドール家でお相伴に預かり、皆で食後のお茶を飲みながら、オレは今日あった事を面白おかしく話していた。パーンさんはデザートに夢中で、グレミオさんとクレオさんは笑いながら聞いていて、ウェイルは生返事をしながら、お茶を口に運んでいた。
「で、オレは言った訳。『お客さん、この商品、手のひらに書いてあるのと違いますよ』って。そしたら、オッサン逆ギレしちゃってさぁ、『じゃあ、オレンチは何処にあるんだ!』って怒鳴り始めるんだぜ。思わず、『家に帰れ!』って言いたくなったんだけどさ、多分、オレンジの事なんだろうな、って思って、そう言ったんだけど、『俺が探してるのはオレンチだ! 田舎者だと思ってどいつもこいつも馬鹿にしやがって!』ってキレんだもんなぁ」
「それで、結局どうしたんですか?」
 グレミオさんに促されて、オレは少し思案する。
 この後の事は、大した笑い話にはならない。オレがそのオッサンを説得して、目的の品物を買うのに付き合った、という普通の美談だ。話しても自慢話にしかならない。
 だからといって、話さない訳にもいかないし、適当な作り話も思い付かなかったので手短に説明した。
「ああ、それであの野菜の山……」
 グレミオさんが得心する。
 オッサンがお礼に、とくれた売れ残りの野菜の山-----オッサンは隣り街から野菜を売る為に早朝から王都に向かい、娘への土産の為にオレンジを探していたのだ-----を、オレは土産と称して持ってきていたのだ。
「あはは。すみません、貰い物、差し上げて」
 誤魔化すように言うと、グレミオさんは、美味しそうなお野菜をありがとう御座います、と笑った。
 ふと、視界の端にウェイルが微笑んでいるのが見えた。
 手にしているカップに視線を注いだまま、彼は確かに笑みを浮かべていて、オレは惚(ほう)けた顔で暫くその笑顔を見つめていた。
「なんだよ」
 その視線に気付いたウェイルに言われて、オレは狼狽えた。
「え? あ…ええと…」
 なんて誤魔化そう、そう思って慌てていた筈なのに、口は全く別の事を言っていた。
「いつも、そうやって笑っていればいいのに」
 しまった、地雷だったかも!
 そう思った時には既に遅かった。
 ウェイルの眉間にはいつもよりも深い皺が寄っていた。
 温度が、2、3度下がったような気がする。そう思っていたのは、多分オレだけなんだろうけど…。

 食堂話題は、いつの間にか、貰った野菜をどう料理するかの話題になっていた-----。

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 笑顔、といっても「テッドの」ではなく「坊ちゃんの」です。
 テッドはいつも笑っている印象。逆にウチトコの坊はいっつも眉間に皺を寄せている印象。
 笑うのが増えたのは、テッドが来てから。
 解放軍に入る頃には、人並みに喜怒楽を見せるようになります。嘘ッコも多いけど(笑)。
 テッドは、坊の笑った顔がとても好き、という設定の我が家。
 ドリームにも程がありますね☆
 本当は、もっと長い話な筈なのですが、力尽きたので、ここまで。
 気が向くと増える可能性は…無いわけではありません(ヲーイ…)

2004/07/20 UP